丸い穴から覗いた空はいつも澄みきっている。無数の穴から溢れ出す光がすごくきれいでこの小さな窓から空を覗くのがいつしか私の日課になっていた。
でも、今日の空はいつもと違って見えた。にじんで淡く見えるのだ。なぜだろう? そう思っていると自分が泣いていることに気がついた。
どうして涙がでるんだろう? そう考えれば考えるほど涙があふれてきた。
ほんとはわかっている。なぜ自分が泣いているのか。ただそれを認めたくないだけなのだ。
私は今日から養護施設で暮らす。
そう。親に捨てられたのだ。
理由は経済的に余裕がなくなって、私を育てられなくなったから。
今日から私は一人だ。
誰もいない。一人きりになってしまったのだ。
いざ一人になったら、とてつもない不安が押し寄せてきた。一人で生きていけるのか不安なのだ。
自分がこんなに弱い人間だったのだと認めたくない。その思いが強くなれば強くなるほど涙があふれてとまらなくなる。
「ここにいたの。もう帰ろう。みんな待ってるよ」
声をした方を振り返ると養護施設のお姉さんが私の方を向いて立っていた。
時計を見たらもう19時になっていた。
「みんな楓ちゃんが帰ってくるのを待ってるよ。早く一緒に帰ろう」
「すみません。今、行きます」
いつのまにか涙は止まっていた。
私は何も無かったかのように南さんの所に向かった。
あたりがすっかり暗くなった頃、養護施設に着いた。
中に入ってまっすぐ食堂に向かう。食堂に入るとみんなが一斉に私を見た。
「みんなお待たせ! 楓ちゃんも帰ってきたことだし食べよっか」
そう言うと南さんは自分の席に座った。
「楓ちゃん。何ボーっとしてるの? 早く座って」
私は言われた通り自分の席に座った。
「じゃあ、いただきます!」
『いただきます』
みんな黙って食べている。
ご飯が終わった後は就寝まで自由時間だ。
みんなそれぞれ本を読んだりゲームをしたりと自分の好きなことをしている。
しゃべっているものは誰もいない。
ここにいる子達は関わることをやめたのだろうか。そんなことを思いながら私も本を読んで自分の時間を過ごした。
消灯の時間になり、私は重いまぶたを閉じた。
そういえば誰も私に話しかけてこなかった。物珍しい顔で見てくるだろうと思っていたがそれもなかった。みんな私に興味がないのだろうか?
そう思うと少し孤独を感じた。
気づいたら朝になっていた。今日も学校だ。食堂でご飯を食べて支度をした。
今日もいつもどおり。何も変わらなかった。こんなものなのだろうか。
今日もいつものように学校の帰りに公園に行って丸い穴を覗く。
覗いた空はいつもより淀んでいた。
いつもどおりの時間が過ぎ、消灯の時間になった。
今日も施設の子と誰ともしゃべらなかった。このまましゃべることはないのだろうか。そう思うと余計一人だということを実感してしまう。
家族とそんなに仲がよくなかったが家族と一緒に過ごした時間を懐かしく思う。
気づけば、施設に来てからもう1週間が過ぎた。あいかわらずここにる子達と誰ともしゃべっていない。
唯一話しかえてくれるのは南さんだけだ。
南さんは毎日、学校どうっだった? と聞いてくる。私は学校の話をそっけない態度で話した。私はまだ心を開いてはいないのだろう。
そんな私に、南さんは毎日挨拶してくれて、毎日学校の様子を聞いてくれた。次第に懐かしくなり警戒心がなくなってきた。その頃から、南さんの話を聞くようになった。
1年前から大学を休学してボランンティアでこの施設で働いているそうだ。福祉学科で福祉の勉強をしていたらしく、ここで子供達とふれあうのは勉強にもなるし新しい発見があっておもしろいと言っていた。
南さんに少し興味がわいてきた。
南さんとよく話すようになってからみんなの視線を感じるようになった。どうやら南さんとよく話しているのが気になっているらしい。
今日もいつもどおりの朝を迎えた。どうせいつもどおり時間だけが過ぎていくと思われていた。しかし、今日はいつもと違った。
「春川さん……だっけ? 最近ゆきお姉ちゃんとよく話してるよね? 仲いいの?」
紗季と呼ばれている子が私に話しかけてきたのだ。ここにいる子に初めて話しかけられた。
あまりに突然だったので返事ができなかった。
「聞いてるの?」
「あっ。うん。最近よく話してるけどそんなんじゃないよ」
「ふーん。そうなんだ」
「なんでそんなこと聞くの?」
私は思い切って聞いてみた。
すると紗季は何も言わずに去っていった。
どうやら南さんと仲がいいと思われていたらしい。それが気になっていて確かめたくなったようだ。
紗季は小学3年生らしいが小さな女の子とは思えないほど度胸があり堂々としていた。
その日からみんなの視線を感じなくなった。私がそんなんじゃないと言ったからだろうか。
「そんなんじゃないってひどいなー」
笑いながら南さんが言った。
「何のこと?」
「紗季ちゃんに、そんなんじゃないって言ったんでしょ? 私は仲良いと思ってたんだけどなー」
あぁ。そのことか。
紗季が南さんに言ったのだろうか?
「あの子が言ったの?」
「ううん。紗季ちゃんと話してるところを聞いちゃったの」
ぜんぜん気づかなかった。
「まだまだがんばらなきゃダメってことかー。私は諦めないわよ」
南さんはそう言うと笑った。
私は少し複雑だった。とまどってしまって何も言えなかった。すると南さんはにこにこしながらその場を離れていった。
私はどうしたらいいかわからずその場に立ち尽くしていた。
それから私は南さんのことをよく考えるようになった。そのせいか南さんとの会話もぎこちなくなってしまう。南さんは私のことをどう思っているんだろう。ほんとうに仲良くなりたいと思っているんだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
「楓ちゃん? どうしたの?」
「えっ?」
「さっきから上の空だよ。大丈夫?」
「あっ。すみません……。ちょっと考え事してて」
「そっか。何も言わないって約束するから考えてること言ってごらん」
「……」
「大丈夫。絶対何も言わないから」
どうしよう。言葉がなかなかでてこない。
南さんは黙って待っていた。
私が話さなければずっとこのままなのか。それは耐えられない。言うしか無い。
「じ、実は……」
「南さんが……私のこと……どう思ってるのか気になってたの……」
気づいたら泣いていた。
南さんは何も言わずに抱きしめてくれた。ずっと黙って私を抱きしめていた。
私は涙がとまらなくなってずっと泣いていた。だんだん心がすーっと楽になってきた。
南さんは私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。私はそれが嬉しかった。
私は今まで誰かに抱きしめられたことはなかった。抱きしめられるとこんなに安心するものなのか。
私が泣き止むとそっと離れて何も言わずに去っていった。
ほんとに何も言わなかった。南さんなら信用できるかもしれない。私のことをわかってくれるかもしれない。ふとそんなことを思っていた。
その日から南さんに甘えるようになった。つらいことがあったときは頼るようになった。いつしか何でも話すようになっていた。
自分の話をするのは初めてだったが南さんは何も言わずに聞いてくれた。言い返してこないし意見も言わない。それが逆に話しやすかった。
南さんのことをもっと知りたい。いつしか私はそう思うようになっていた。今度聞いてみようかな。
そんなことを考えていると、
「ねぇ」
女の子の声が聞こえた。
声がする方を振り返るとそこには紗季と他の子達がいた。
「最近ゆきお姉ちゃん、春川さんとばっかりしゃべってて私達の相手してくれない。お姉ちゃんを返して!」
急にそんなことを言われて頭が真っ白になった。
「どうして私たちからゆきお姉ちゃんをとったの?」
そう言われて初めて気がついた。私があんなことを言ったせいで南さんは私に気をとられてこの子達の相手ができなかったのだ。私はこの子達の大切な人を奪ってしまった。なんてことをしてしまったんだろう。
それから私は南さんを避けるようになっていた。それでも南さんは私に積極的に接してきた。
それが辛かった。
ほんとは話したいのに話せない。南さんは私だけのものじゃない。あの子達のものだ。
そう言い聞かせてそっけない態度をとった。
南さんが私の異変に気づかないはずがなかった。
「どうしたの? 何かあったの?」
南さんは心配そうに聞いてきた。
「べつに」
私は言えなかった。
「ごめんなさい」
紗季が急に謝ってきた。
なんのことだろう。心当たりがない。
「ごめんなさい。ゆきお姉ちゃんが春川さんとばかり話していて、私達のことをかまってくれなくなったのが嫌だったの。だからあんなこと言っちゃった」
びっくりした。何も言えずにいると、
「お姉ちゃんが言ったんだ。楓ちゃんもあなたたちと同じなんだよ。ひとりぼっちで助けを求めてたんだよ。だからほっとけなかったの。あなたたちを見捨てた訳じゃないのよ。あなたたちも楓ちゃんを助けてあげてって」
「だから私たち話し合ったの。それで春川さんも仲間にすることに決めたの。今日から私たちの仲間だよ。ひとりじゃないよ」
私は何も言えなかった。
「楓ちゃんって呼んでいいい?」
「……うん」
その日からこの子達と話すようになった。
子供だと思っていたが私より大人だ。普通の子よりしっかりしている。
みんなや南さんと話すようになってから明るくなった気がする。
南さんが、
「最近良く笑うね」
と嬉しそうに言った。
いつのまにか孤独を感じなくなった。一人だと思わなくなった。私は一人じゃないんだ。みんながいる。
ずっと一人だと思っていた。でももう一人じゃない。
今日もいつもどおり丸い穴から空を覗く。
「うわー。おもしろい! 覗き穴みたい!」
「なんか新鮮!」
みんな思い思いに感想を言う。
今日も空は澄みきっていた。でもにじんで淡くなっている。
「どうしたの?」
「ううん、なんか幸せだなーって思って」
紗季は笑ってそっか。と言った。
私は一人じゃない。みんながいる。
今日もみんなと覗く空は澄みきっていてきれいだった。
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