時計の針が〇時を刺す頃、彼女は広告のドレスを纏う。
全身に皮膚のような薄い液晶パネルを埋め込まれた人造人間。
通称、コマーシャロイド。
毎夜、〇時前に街中に現れ一糸纏わぬ姿になる十五歳。〇時になると全身の液晶が広告を映し出す。
広告が体を這うように移動する。点滅する。
満十五歳になった者の承諾書があれば許される。法に認められた、合法的な広告塔。
看板女とも揶揄される。
それが、彼女の仕事。
彼女はアヤナ。
どこか悲しげな表情を浮かべている。
コマーシャロイドは異常な注目度から利用企業は多い。だが、彼女を本当の意味で見る者は少ない。
「殺して」
アヤナの口癖だ。
消え入る様に、囁く。
「皆、私を見ているのに私を見てくれていない」
諦めにも似た、表情を浮かべる。
明日もきっと変わらぬ人生。の、はずだった。
彼女に変化が訪れる。
クリスマスイブのことだった。
いつも通り仕事の為に、変わらず、街中に向かっていた。すると、何者かにつけられているのが分かった。よくあることだ。
気にはしない。
足音達がアヤナに追いつき、呑み込む。
三人組の男達に囲まれ、絡まれた。
路上に押し倒され、服を乱雑に破かれ、男達は卑しく笑っている。
犯されるのだ。
絢菜は理解していた。抵抗はしない。無駄だから。ただ、欲望を受け入れ、欲望が立ち去るのを待つ。
絢菜は、ゆっくりと目を瞑った。
「今からあの看板女を犯せるんだぜ」
男達の声が近くなる。生暖かい汚れた息がかかる。鮮明になる。より現実になる。
「カメラ回した」
「しっかり撮れよ、人造人間が嬲られまわされる様を」
いやらしく笑う男たち。
「ねえ」
虚ろな目をして男たちに話しかけるアヤナ。
「なんだ?」
「何をしてもいいから、殺して」
アヤナは冷静に言った。
「任せろよ」
男たちは顔を見合わせ動揺したが、すぐに卑しい顔つきに変わった。荒々しい鼻息はアヤナを包む。鼻息を荒くした獣たち。触れる。受け入れる。その時だった。
アヤナの五感が男たちを見失った。代わりに別の男を捕らえた。
「大丈夫かい?」
その声に起こされ、目を開ける。すると、青年が目の前に立ち手を差し伸べている。同時に体が暖かかった。青年の上着だろう物がアヤナにかけられていた。周りには男たちがのびている。
「……あなたは?」
と、アヤナが青年を見上げ、差し伸べられた手を掴み起こされながら不安げに言った。
「トウゴと申します。よろしくね」
トウゴの優しい笑顔がアヤナを包んだ。
初めてだった。初めてアヤナは自分を自分として、自分を人間として見てもらったような気がした。
「あ、ありがとう、トウゴ……」
恥じ、服の乱れを直すアヤナ。
「どういたしまして。あなた、お名前は?」
微笑み続けるトウゴ。
「ア、アヤナ」
不器用に硬い表情で微笑み返すアヤナ。
「アヤナさんか……寒いから、僕の車に行かないか?」
「あ、はい」
「よし、行こう」
トウゴに腕を掴まれながら路上に駐車されているトウゴの車に向かうアヤナ。車は少し離れた住宅街のゴミ置き場近くにあった。至って普通のどこにでもある乗用車であった。トウゴにドアを開け優しく招き入れられるアヤナ。躊躇はなかった。車内に入ると温かい缶コーヒーを握らされるアヤナ。膝には毛布をかけられ世話を焼くトウゴ。アヤナはされるがままだ。
「本当に、ありがとう……ございます」
身を縮こませ遠くを見つめ礼を言ったアヤナ。
慣れない様子だった。
初めてのことばかりで戸惑っていた。
下心や何らかの思惑があるのではないかと考えた。
だから、抵抗はしない。抵抗しないことが最も安全で安心で楽だから。
けれど、トウゴはどこか今までのものとは違った。
具体的に何が違うとは分からない。ただ、明確に違うと断言できた。
何故なら、トウゴはアヤナを見ていたから。
「気にすることない、とりあえず、その上着を着て、一度家に帰りなさい」
トウゴはアヤナから目を一度離し右手をキーに、そしてエンジンをかけ、もう一度アヤナを見て、最良の笑顔を作り直した。
車はゆっくりと走り出す。
それからはずっとトウゴは道の先を見ている。ラジオをつける。
ラジオは午前〇時を伝えた。すると、アヤナの身体が広告を映し出した。咄嗟に引き千切られた衣服と、トウゴの上着で身体を隠した。そして、顔を埋めた。
恥じらいなのか、解けない気持ちにアヤナは動揺した。
トウゴはアヤナに初めての感情ばかり植えつける。人の欲望しか知らないアヤナは、怖かった。自分を求めないことに。何故助けられたのか悩んだが答えが見つからない。
怖い理由がもう一つあった。トウゴを想うこの胸の高鳴りだ。今すぐナイフで心臓を貫き、えぐり止めてしまいたいと思うほどだった。
「うん……」
胸を押さえ、上目でトウゴを見るアヤナ。
「君、コマーシャロイドだろ?」
横目でアヤナを見たトウゴ。車はトンネルに入る。オレンジ色のライトが全身を染める。が、アヤナは広告が消えない。その広告をトウゴは目で追い、何かと葛藤した様子だった。そして、目を瞑り、再び目線を道に戻すトウゴ。
車内に一瞬静寂が訪れた。正確にはエンジン音とラジオが鳴り響いていた。
「そうだけれど」
「じゃあ、ラウェルナ社に送ればいいね」
いつの間にか消えていたあの笑顔にトウゴは戻った。
「いや、自分で帰れるから」
肩に掛けたトウゴの上着を深く着込みアヤナは言った。
「さっきの奴らがまた来たらいけないから、送らせてくれ」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
申し訳なさそうにアヤナは言った。すぐに降りてもよかったが、居心地が良い。誰かが隣にいるだけでアヤナは生きる意味を見出せた様だった。
「コマーシャロイドに何故なったの?」
と、おもむろに問うトウゴ。
「言わなきゃ……だめ?」
不機嫌そうに眉根を寄せたアヤナ。
言えないのではない、思い出せないのだ。ただ、きっと良い理由ではないことは分かる。同僚のコマーシャロイドたちの多くは多額の借金や、人身売買、死の一歩手前で生きてきた者ばかりだからだ。アヤナ自身も、きっとその類の理由で連れて来られたはずだ。でなくては、コマーシャロイドになる理由がないからだ。恐らく、生半可な理由ではないだろう、そのショックで記憶を失うくらいだから。
「いや、構わないけど、危険がついて回るだろ。君はまだ若いし、夢とかないのかい?」
「夢は寝るとき見るだけで十分よ」
と、アヤナは強がり言い放つ。
「リスクが大きすぎるだろ」
「楽に大金を稼ぎたいの」
面倒臭そうにアヤナは受け流した。
「嘘つくなよ、コマーシャロイドは金だけで出来るもんじゃない」
「嘘じゃないわ、それに仕事にリスクは付き物よ」
「そうだけど、そうまでしてやりたいのかい? 皮膚に液晶パネルを埋め込むなんて、どう考えても人権を侵害しているし、間違ったやり方だと思う」
「時が変わればやり方も変わるの。ただ、やっていることは変わらないけど。それに、私は誇りを持っているの、何故かは分からない。ただ、失っちゃいけない気がするの」
「天職かい?」
「天職なんかじゃないわ。天職は天から授かった仕事じゃない。天に誇れる仕事よ」
アヤナは顔を埋め言った。
「コマーシャロイドは誇れないのかい? 華々しい職業だと思うけど」
トウゴは尋ねた。
「光が最も濃い闇なの。人は中々気づかないけど」
「選択する道を間違えたとは思わないのかい?」
ウインカーに手を掛けるトウゴ。
「選択する道を間違えたんじゃないわ。何を選択しても間違いはあるの。そして、どちらを選んでも、必ず後悔する。後悔と言う足跡を残すのが人生」
「足跡がつかない人生もあるのさ」
トウゴは足元に目線を置く。
「あなたが人生なんかを語れるの?」
「自分を自分で語るのは自分の顔を自分の目で見られないことのように不可能」
「確かに、何かを介してじゃなければ無理ね。鏡を介して顔を見るように人を介して自分を見なきゃ」
「だけれど、鏡はどの鏡も同じだけど、人は色々な反応を示すから必ずしも正しいものではない」
「あなたって何者?」
最初から尋ねようとしていた。トウゴが悪人でないことは理解していた。ただ、悪人であってもアヤナは構わなかった。恐怖はある、理解している、危うさを。何故トウゴについてきたのか。たいそうな理由はない。楽だった、それだけだ。
「何者だろうね、人なのか、人でないのか、人とはなんなのか」
「ごまかさないで」
トウゴを見つめ、アヤナは言った。
「着いたよ、この辺でいいかな?」
トウゴははにかみ、話をそらした。ラウェルナ社に着いたトウゴは窓を開け、ラウェルナ社屋を眺めた。
「助かったわね」
溜め息をつきシートベルトを外し、ドアを開けるアヤナ。
「別に、怪しい者じゃないさ」
「そう、いいわ。送ってくれてありがとう」
車を降りるアヤナ。
「コマーシャロイドに自由な時間はあるのかい?」
助手席側に身を乗り出し、シートベルトに吊られながらアヤナを覗き込み、問いかけるトウゴ。
「一応は……」
一度息を飲み込み、不服そうに言った。
「じゃあ、明日なんてどうかな?」
腕組みし、一瞬考え、トウゴは言った。
「何が?」
「俺に君の時間をくれないか?」
「昼間なら」
「ここに電話してくれないか? 迎えに来る」
電話番号の書かれた名刺を差し出すトウゴ。
「分かった」
「それじゃ、また」
走り去るトウゴ。それをアヤナは目で追った。
「アヤナ!」
女性の声で振り返るアヤナ。そこにはアヤナと同年代の女性がいた。
「レイナ……」
アヤナの同僚で同室のコマーシャロイド、レイナだった。
「今の人は?」
レイナはトウゴが走り去った方を見つめ言った。
「トウゴさんっていう人」
「知り合い?」
「助けてくれたの」
「そうなんだ……服、着がえよう?」
アヤナの破けた服を見かねレイナは社屋に行くように促した。
「ええ、行きましょう」
トウゴの車はマンションの地下駐車場に入っていく。車を降り、エレベーターで最上階の部屋に着く。
「トウゴ、どこ行ってたんだ?」
酒を片手にぶら下げた男が室内にいた。
「別に」
男を見たトウゴは片方の眉を上げ、ため息をつきあきれた。
「簡単な任務だったろ?」
「……ああ、簡単だ」
豪華な内装のマンション。トウゴは男の肩を肩で弾き、室内へ進む。男は肩を抱き、痛そうな芝居をする。トウゴは、クローゼットへ向かい、上着を脱ぐ動作をして、アヤナに渡したままだと思い出し、下唇を噛む。
「まさか、しくじったのか?」
男はトウゴに絡む。アルコールの臭いが充満する。
「そんな訳あるか」
「だよな、トウゴはその道ではプロだからな」
「そんな道、通りたくはなかったよ」
トウゴは廊下を進む。リビングへ向かう。
「そう言うな、みんな頼りにしてんだぜ」
「誰が?」
「誰がって……教祖様とかだよ」
「上のご機嫌取りが上手いと言いたいのか?」
リビングに入るドアの前でトウゴは振り返り、男を睨んだ。
「違うさ、俺らがこんな良い暮らしできているのは、何故か、忘れちゃいないよな?」
男は酒を回す。
「お前と一緒にするな」
「一緒さ! 教祖様からすりゃあ、邪魔者を消した駒さ、俺たちは」
「貴様は殺し屋、俺は……違う」
「トウゴ、お前上着どうした? やっぱりお前……」
「もういい、寝る」
トウゴはリビングに向かわずに寝室に向かった。
「へっ、メリークリスマス、トウゴ。サンタは何処へ」
アヤナたちの部屋は決して広いものではなく、ベッドが二つ、その間に小さなテーブルと椅子、隣にテレビがある質素なものであった。
テレビはコマーシャロイドの連続殺人の報道を流していた。第五の風という宗教的過激派でテロ組織の犯行と断定付けた。
「物騒ね」
テレビから目を逸らしながらレイナは言った。
「そうね」
「一号室の子が被害者らしいよ?」
「そう、それは残念ね」
アヤナはテレビに一時も目をやることはなかった。
「アヤナ、冷た過ぎやしない?」
「少し壊れるのが早かっただけじゃない? それに名前も知らないもの」
「同じコマーシャロイドじゃない!」
「同じ人間だったら誰かが死んだら悲しむの?」
「そういうことじゃない」
「毎日誰かの葬式に行き、終える人生も面白いかもしれないわね」
「仲間でしょ?」
「仲間だとしても悲しむ理由が無いわ」
「……私が死んでも?」
「それは……」
アヤナは俯いた。
「同じなのね?」
レイナは椅子に腰掛け足を抱えた。
「違うと思う」
「まあ、いいわ。……ねえ、難しいことは分からないけど、私たちは生きているだけで罪なの?」
溜め息を吐き、髪をかきあげ、小さく数回頷くレイナ。
「人間が生きているだけで罪よ。生まれながらにして咎人。それが……人間」
レイナの横にあるもう一つの椅子に座り肩を竦めた。
「私たちは、存在していいの?」
「私たちがいなくなろうが、また似たものが生まれるだけ。連鎖は止まらない。イタチごっこよ」
「罪は止むことはないのね」
「正しい罪もあるわ」
「ねえ、私たちのこの皮膚、本物みたいよね、これが偽物なんだよね。人は、これからもっと人を創っていき向上させ、神が創った人を墜落させる」
レイナは自らの肌をなぞり感慨深げに沈黙した。アヤナも同様だった。時計の針が進む音が命を刻む。
「それで、どうなの?」
沈黙を破ったのはレイナだった。
「何が?」
「トウゴさん」
「トウゴさんがどうしたの?」
「一目惚れとかしたかなって」
「惚れる?」
「なんか、運命みたいなもの、感じない?」
レイナは一人舞い上がっている。
「運命って?」
「だって救われたんでしょ?」
「そうだけど、男性に惚れるなんてこと……」
「変? 女が男に惚れるのは普通よ」
「それはないわ」
「何故?」
「私にとって、男性はお客様……」
「アヤナと申します。よろしくお願いします」
豪奢なホテルのロビーにアヤナと数名の男性がいた。アヤナは、その中の一人で、かっぷくの良い高齢の男性に深々と頭を下げた。
「アヤナ、こちらはハタ製薬の取締役会長、ハタ様だ。失礼のないようにな」
「はい、マスター」
「お部屋は、最上階の八〇二号室になります」
「向かおうか?」
部屋へと向かうアヤナとハタ、そしてマスターと呼ばれるラウェルナ社代表。エレベーター内では執拗にアヤナを弄り、舌なめずりをしている。無表情のアヤナ。エレベーターの扉が開き、三人は降りる。マスターは部屋のドアを開け、室内へと促す。アヤナとハタが室内へ入る。
「では、これで私は、ごゆっくりどうぞ」
マスターは、卑しい笑みを浮かべ、部屋のドアを閉めながら会釈し去った。
「ああ、すまない」
ハタは高揚感を抑えるのに必死だった。平静を装ったがアヤナにはそれが垣間見えた。
「……」
沈黙し、部屋の隅に佇み、俯くアヤナ。
「こちらに来たらどうだ?」
ベッドに腰かけ手招きし、欲望の眼差しを送るハタ。
「はい」
ハタの横に座るアヤナ。
「今度、コマーシャロイドに広告を出そうかと思ってね」
アヤナの肩を抱き、耳元に近づき小声で話すハタ。
「ありがとうございます」
嫌な顔一つせず、それどころか表情一つ変えることのないアヤナ。
「まあ、それでなんだがね」
言い難そうに言葉を含むハタ。
「存じております」
一点を見つめるアヤナの瞳は色を失っていた。
「私は、人造人間とは初めてなのだが」
「何も、何も変わりません。ただ……」
「ただ?」
「罪と覚悟を背負っているだけです」
「……そ、そうか、できれば君を救いたい」
ハタは罪悪感に襲われた。真に思ったことであった。
「結構です。無理です」
「何故だ?」
「何故なら、どんな人も……欲望には逆らえないから」
アヤナは急に不敵な笑みを浮かべ、波田の身体に馬乗りになり、猫のように身体をしならせ、這いよる。波田を見つめながら、別人のように身体を摺り寄せ、波田の身体をなぞる。
-
アヤナ」
自らの欲望の向上にたじろぐ波田。
「ほらね」
微笑を浮かべるアヤナ。
「すまない」
呼吸を整えるハタ。
「いいんです。お仕事くださいね、会長さん」
「君は、何人もの男とこんなことをしているんだろう?」
「ええ、そうです」
「君にとって、男とはなんなのだ?」
「セックスすれば仕事をくれる、それが私にとっての男って存在よ」
「虚しいな、そして、残念で可哀想な子だ」
「欲望の針は、快感という麻酔で痛みを消す。傷は消えないけど。男なんてその程度の存在よ、所詮」
翌日、クリスマスの昼間だった。街は人で溢れかえっている。雪がしんしんと降っていた。アヤナはラウェルナ社の前から携帯電話で電話していた。
「あの、もしもし」
電話の相手はトウゴだった。
「アヤナさんかい?」
「ええ、今なら予定ないですが」
「会社の前に十分後迎えに行くよ」
「了解しました」
五分も経たぬうちにトウゴはやって来た。車からトウゴが降りてきた。手には花束を掴んでいた。
「メリークリスマス」
「え?」
「今日はクリスマスだよ?」
「ああ、そうなんだ」
「プレゼント」
笑みを浮かべ、花束を手渡すトウゴ。
「わあ、綺麗」
戸惑いながら花束を受け取るアヤナ。戸惑った理由は、初めてだったからだ。他人から物を貰うことなどなかった。物以下として扱われてきたアヤナは物を貰うことで物以上の立場になれた。人間以下という立場は変わらないのだがアヤナには今まで感じたことのない感情に包まれた。自然とアヤナは満面の笑みを浮かべていた。
「そんな顔できるんだ」
「いけない?」
アヤナは、すぐに笑みをやめた。
「そんなこと無い、綺麗だ」
「お世辞はよして」
いじけるアヤナ。ふと気づくと『第五の風万歳』と書かれた旗を掲げ、警官隊に取り押さえられる男がいた。その周りには、大勢の人が取り囲んでいた。顔を殴られ、吐血していた。
「こんな穏やかな日にもどこかで人が人を傷つけているんだな」
トウゴの瞳は曇り、男から視線を外し、彼方を見つめ言った。
「何よ、急に」
男から目を離さないアヤナ。
「いや、サンタは平和を届けてはくれないかと」
「子どもみたいなこというのね」
「少年の心を持っているのさ。男はね。それに君だって子どもじゃないか」
「大人と子どもの境界線は群れないようになった時なの。だから、私は子どもじゃない」
「孤独になれば誰も傷つけず平和になるかな」
「どこかで誰かが死を目の前にしている。その事実で私たちは生きることの重さと、命の軽さを知る。生きるってことは、死の恐怖を知ることじゃないかしら。終わらない。終わりは始まりを連れて来る。始まりもまた、終わりを連れて来る」
「進化しているのか?」
アヤナに視線を戻すトウゴ。
「いや」
男を見ながら首を左右に振るアヤナ。
「後退しているのか?」
「同じことを繰り返している。人と人との出会いや、人の死でそう感じる。だから、別れがあっても大丈夫なのかな。同じことを繰り返しているのに、次こそは変化があると信じている、愚かよね」
「同じことばかりじゃない。その経験が人を強くさせる」
花束を持ったアヤナの手を強く握ったトウゴ。
「勘違いよ」
「勘違いか、しかし、勘違いは間違いじゃない」
花束から一輪取り出し、息を吹きかけ色を変えて見せたトウゴ。
「争いは勘違いから起きるのかもね」
色の変わった花を握りつぶしたアヤナ。
「醜いな」
「人は一人しか救えない」
「そうか、なら、残念だけど、僕には君以外の人を守れないようだ。君を守りたい」
「告白?」
人を小馬鹿にするように鼻で笑ったアヤナ。
「そう、捕らえてもらって構わない」
「安い女じゃないわよ」
「買おうと思ってない。君をずっと見ていたい」
「邪魔しないならね」
「いいのかい?」
「二度は言わない」
「ありがとう」
「私はあなたに相応しくないと思うけど」
「何故?」
「汚れているから」
「人は誰も汚すことは出来ないよ、たとえ、自分さえも」
「そうかしら?」
「そうさ、本気なんだ。告白受けてもらえるかな?」
「分かったわ、だから、今日は帰らせて」
呆れた様子のアヤナ。
「本気にしてないな? 俺を信じてはくれないかな?」
「信じては無いけど疑ってはいる」
「覚悟を見せよう」
「覚悟?」
「今日君を会社に帰さない」
アヤナを車に押し込むトウゴ。
「あなた、何言っているか分かっているの?」
「もちろん」
トウゴも車に乗り込む。そして、轟音を放ちながら車は走り出す。
「コマーシャロイドを無断で連れまわしたら極刑よ」
アヤナの顔は蒼白になり、動揺が伺えた。
「理解した上で発言している」
「何もあんな施設で君が不自由することは無い」
「不自由することが真の自由なのよ」
「君は敷かれたレールの上で一生を過ごすのか?」
「幸せは敷かれたレールの上で探すものよ」
アヤナは冷静さを取り戻し、車窓を眺めた。
「人々に哀れみの目で見られ、時に軽蔑される人生で幸せか?」
「誰にも嫌われなきゃ誰にも好かれない」
「使い捨てにされて終わりだ」
「所詮私たちは使い捨ての心よ、私たちの心は」
「いつか死ぬぞ?」
「私にとって、死は目標なの」
「人々に蔑まれても? そんな仕事に価値があるのか?」
「見られて初めて私に価値が生まれる」
「そんな毎日虚しくないかい?」
「私はただ、今日に許されるような明日を生きるだけ」
「平和に生きたいとはおもわないのかい?」
「平和は自分に都合の良い世界のことよ」
「しかし君は人間だ」
「私は広告塔。目立ち、目立たず生きなければならない」
「状況を良くしたいとは思わないか?」
「安心して、状況が今日より良くなることはない。何も望んではいない。ただ、明日に怯え、今日を恨み、昨日に生きるのが私。明日の自分は見られないけど、昨日の自分は見られるでしょ?」
「過去に生き、未来を生きることを放棄したのか? 未来を見よう、共に」
「見えると言うことがどれだけ残酷か。届かないと知りつつ、人は、星を掴もうとする。星がたとえ、自らを燃やす絶望の炎に身を焼かれていても、人は足掻く、見えるばかりに」
「コマーシャロイドを辞めるんだ」
車を止めるトウゴ。
「終わらすことは、始めることより難しいのよ」
「俺と行こう」
「看板は逃げることはできない」
「君は看板じゃない」
「何をするの?」
アヤナの腕を掴むトウゴ。
「血だ」アヤナの指先を少し切るトウゴ「ほら、人間だ」
「痛いわ」
血の出た指先をしゃぶるアヤナ。
「すまない」
「逃げられやしないわ、どんなことしたって。希望と絶望は同時に肩を叩くの、振り向くと現実がいる。現実からは逃げられない」
「それに彼らも容易に手を出せないところがある」
「正気なの?」
「もちろん」
「どこなの?」
「では、向かおうか」
不敵な笑みを浮かべ車は加速する。
駅のバスロータリーに車は停車した。二人は車を降りる。
地下に続く階段の入口が悪魔の口のように開いていた。二人は地下に向かう。
そこは、かつての地下街だった。寂れた地下街は浮浪者などが転がり、暴力が労働となる世界だった。
その地下街で唯一店を開店させている喫茶店があった。トウゴはその喫茶店に入っていく。アヤナも一瞬躊躇しながらも追いかけた。喫茶店の主人が二人を見つめ、無言で奥へと促す。トウゴが奥に進みドアを開けた。すると、荘厳な作りの大聖堂に出た。大聖堂は二階建てで、二階には人は誰もいなかった。進んでいくと人々が崇めていた。男女の神がまつられ、手前の台座には首の無いアンドロイドが杭で打ち付けられ死んでいる。
「ここは?」
不安げにアヤナは言った。
「第五の風の本部だ」
「第五の風って、ロボットやアンドロイドの存在を否定するあの偏見だらけの反政府団体の?」
「そうさ、しかし、元はただの人権団体だった」
「何故そんなところに?」
「僕が……第五の風のメンバーだからだ」
「トウゴが……第五の風の?」
「昨日は君の破壊を命令されていた」
「そんな、じゃあ、あなたは私を殺しに?」
トウゴからゆっくりと後退りする。
「しかし、君は暴漢に襲われていた。不思議だよ、自然と君を助けていた。安心してくれ、僕は君と出会い考えを改めた。君は人間だ。第五の風の皆もちゃんと理解すれば考えを改めるはずだ」
「そんな上手くいくかしら?」
杭を打たれた首の無いアンドロイドを見つめながらアヤナは言った。
「分かってくれるはずだ、絶対に」
「分からないな、絶対に」
二人の対角線に男が佇んでいた。
「誰?」
「教祖様……」
「き、教祖様?」
「コマーシャロイドに接触すれば、私の思想を変えられるとでも?」
「訊いてください! 彼女たちは人間です」
「その通りだ。しかし、コマーシャロイドは悪魔に魂を売った」
「あなたはコマーシャロイドを知らないからだ」
「私は先ほど、コマーシャロイドと対話した。そしてある結論に達した」
教祖は不敵な笑みを浮かべ顔を手で覆った。
「結論?」
「彼らはロボットやアンドロイドとは違う」
「そうだ。彼女らは……虫けらだ」
教祖は吐き捨てるように言った。
教祖が左腕を掲げた。
左腕はレイナの首を鷲掴みにしていた。
ひたひたと鮮血がたれていた。紛れもなく、それは人間であった。
「レイナ!」
アヤナが叫ぶ。戸惑いと衝撃に恐ろしさを覚え涙がこぼれ、気を狂わせた。膝から折れ、レイナを見つめた。
「なんてことを……」
トウゴは声を震わせる。
「レイナ……レイナ、レイナ」
アヤナは呟きながら、這い、レイナに手を伸ばし抱きつこうとするが、教祖に振り払われる。
「自らの肉体を態々低俗の物とし、神を侮辱した虫けらだ」
「違う。彼女は人間だ」
トウゴの声が大聖堂に響き渡る。
「トウゴ、貴様には失望した。罪人を庇うのか? 十年前の革命での君の働きは素晴らしかった。どうした? あの頃の君はどこへ行った?」
「時は罪を薄めていく。彼女の罪だって……」
「黙れ! 正すのが我々の役目だろう」
「曖昧な世界で正確を求めるのがどれだけ愚かなことか分からないのか?」
「減らず口を!」
「アヤナ、すまない、ここへ連れてきたのが間違いだった」
アヤナは呼吸を整え、涙を拭く。その顔は怒りに満ちていた。トウゴがアヤナを支え立たせる。
「逃げられぬぞ?」
第五の風の郎党がいっせいにアヤナたちに銃口を向ける。
「トウゴ、耳を貸して」
トウゴがアヤナに耳を貸す、アヤナがトウゴの耳に口を近づけ何かを囁いた。
「……出来るのか? そんなことが」
目を見開きアヤナを見つめるトウゴ。
「液晶が全部だめになるけどね」
優しく微笑みながら言うアヤナ。
「……今はそれしかないな、すまない」
申し訳なさそうに首を窄め、目を強く瞑るトウゴ。
「行くよ」
アヤナは笑った。
「ああ、頼む」
トウゴは目を瞑った。
刹那、辺りを大きな光が包んだ。
閃光弾のような目を焼く光。それを発したのはアヤナの身体だった。しばらく光ると身体から煙が出て、液晶が黒くなる。力が抜けたアヤナをトウゴが両手に乗せ抱きかかえる。
「クソッ! コマーシャロイドめ! 自らをショートさせたな」
教祖が目を押さえ、銃を右往左往し、怒号を上げる。
「トウゴ! 右!」
アヤナが叫んだ。目を瞑っていてもアヤナの発した光が影響して多少トウゴの目は見え辛くなっていた。アヤナに誘導され出口に向かう。
「お、追え! 逃がすな!」
教祖の号令に息巻く信者だがアヤナらを捕らえることは出来ない。
「早く! 車へ!」
地下街から飛び出したアヤナたちは車に走り乗り込んだ。何人か目の色を取り戻した信者が追ってくる。エンジンがかかるとボンネットに飛び乗る信者。信者を振り落として走り去った。
「何とか巻いたな」
トウゴは、ため息と笑みが同時に漏れた。
「トウゴ、一つ聞いてもいい?」
黒くなったアヤナは暮れていく空によって目だけがトウゴの隣にいるようだった。
「何だい?」
「十年前の革命って?」
「十年前コマーシャロイドの技術が開発された。当時高校生だった僕は第五の風の暗殺部隊に所属していた。そして、コマーシャロイドの技術開発長を暗殺した。僕が殺したんだ第五の風では革命の日と言われている」
「技術開発長……」
「一族諸共だ」
「その日はクリスマスだった……」
車内がトウゴだけになった。アヤナの声だけがトウゴと会話する。
「そう……だったな、都心なのに大雪だったのを覚えている。今日みたいにな。しかし何故君が知っている?」
「私、昔の記憶が一部欠如しているの」
「記憶が?」
「そう、昔何らかの強いショックを受けてその部分だけね」
「それで、何故君がその日のことを?」
「今、思い出したから」
「何を?」
「全てを」
「全て?」
「あなたが、あの日私の目の前で私の家族を殺したのを」
「どういうことだ?」
トウゴは息を飲んだ。
「私は、技術開発長の娘よ。咄嗟の母の判断で私はラウェルナ社の社員に物陰に身を隠すように言われた」
「そんな……」
目玉が落ちるくらい瞳を見開くトウゴ。
「止めて」
「待て! 話を訊け!」
「止めて!」
アヤナはサイドブレーキを入れる。車は横滑りし、繁華街に突っ込んだ。煙を上げる車。エアバッグに埋もれる二人。人が集まる。アヤナが先に車内から出る。そして、繁華街の中心に向かう。後からトウゴが出てくる。
「待ってくれ!」
足を引きずりながら追うトウゴ。
「着いてこないで!」
アヤナが叫んだ瞬間だった。一発の銃声が鳴り響いた。振り返るとトウゴの頭を銃弾が貫いていた。駆け寄るアヤナ。「トウゴ? どうしたの? トウゴ! ねえトウゴ!」
「……」
アヤナの呼びかけに返答は無い。戸惑い混乱するアヤナ。
「ト、トウゴ、トウゴ……トウゴ、トウゴ、トウゴ、トウゴ!」
「アヤナ、記憶を取り戻したんだね」
「マスター……」
聞き覚えのある声に振り返るとマスターが武装部員一個小隊を抱え立ち尽くしていた。マスターの手には銃口から煙を吐き出す拳銃が握られていた。
「一つ、良いことを教えてやろう」
「いいこと?」
「十年前、君のお父さんの研究室に第五の風が襲撃を行おうとしたことを、私は知っていた」
「……何ですって?」
アヤナは一呼吸し、おもむろに口を開いた。
「知っていて、放置した」
「な、何故」
「君の父君は皮膚と同化する液晶パネルを医療に使用しようとしたんだ。しかも無償でね。傷口を皮膚で覆い、液晶に元通りの皮膚の映像を流すと言ったものだ。説得はしたのだ。世界と渡り合える企業が作れる。莫大な富も得られる。何故みすみすチャンスを逃すのかと、不思議に思ってね。ただ、君の父君は断固として譲らなかった。技術を無償提供すると言ってね。だから、放置した」
不可思議に笑うマスター。
「あなたが、父や母を殺したのね」
「殺したのは第五の風だ。君の、恋人だ」
「間接的にあなたが殺したも同然よ」
「人聞きの悪い。まあいい、その馬鹿な恋人に礼を言おう。第五の風のアジトまでの案内ご苦労。蛆虫どもは一匹残らず殺した、とね」
「何ですって」
「消えるべきものを残すのは、存在すべきものを消すこと。彼らは消えるべき存在。我々を残す為に。それと、壊れたのはレイナだけじゃないんだ。アヤナ、君以外全てのコマーシャロイドが破壊された」
「な、そんな……」
「代わりが出来るまで、君が必要だ。さあ、アヤナ帰ろう、コマーシャロイド、最初の看板よ」
「嫌よ、嫌」
「そうかアヤナ……なら少々手荒になるぞ?」
そこはかとなく残念そうな雰囲気を漂わすマスター
「私は、看板じゃない。私は、コマーシャロイドでも、ロボットやアンドロイドでもない、私は、私はアヤナ」そう呟くとトウゴを見つめ瞳を濡らした。「最初から無かったものが無くなっただけなのに。どうしてこんなに胸が痛いの」
アヤナの表情は疲れきっていた。何かを思い出したように。アヤナはトウゴに切られた指先から皮をむくように液晶を剥がしていく。
「な、何をする! やめろ! やめろ、やめろ、やめてくれ……」
頭を抱えたマスター。崩れ落ちた。アヤナの身体から血が噴出す。悲鳴を上げたアヤナ。街中に声が響き渡る。黒くなったアヤナは、痛みに震えながらも、赤くなっていく。
「私は、人間。……なんだ、切り札は私にあった。探し物は……案外手に持っていたりするものね」
アヤナの表情は、今までに無いくらい晴れやかだった。
皮肉にも、血塗れの彼女に大衆はかつてないほど注目した。その赤い塗料に染まった看板をいつまでも大衆は見つめるのであった。
街には、今年もサンタがやって来た。少女のサンタが、孤独を届けに……。
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